保育園の太鼓の練習も本格化してきた。
先生が娘の事を、
「自信がないね。たぶんちゃんと太鼓を覚えていないんだと思う。」
とものすごーく真剣に言ってくる。
もう、深刻街道真っしぐらに言わないで!笑
だから何だ。子供のやってることじゃないか。
年少の時、娘の担任だった先生が、
「このウサギの餌、(鬼)先生がきたら渡してくれる??」
と言ってくれた。
娘は、私に言って欲しいとせがむ。
渡してと言われた先の鬼先生が、
「なんで言えないの?」
と娘に真顔で言う。
だから、その言い方。
〜お前と飲む酒はまずいだろう〜
それで、色々考える。
私はいつもしっくりこない。
今、冷静に考えたけど、やっぱりしっくりこない。
太鼓も、真面目に子供に言い聞かせて、家でも練習をし、努力するのがテストでは正解かもしれないし、そうしろって言われてた気もするけど、もう、ぜんっぜんそんな気にならない。
遊びではやってるけど。
ポップにね。だってそもそも遊びだろ??
本番、娘が恥をかく?
私、大丈夫だと思うんだよなぁ。
でも、先生に盾をつくなんていう、無駄稼働はしていない。
盾をつくパワーを公立に向けても、
いいことない。
もちろん、公立で大好きな先生もいる。
今もいる。大好き。
だけど、そうじゃない時がたくさんある。
そこを運に任すのもいかがなものか。
そこを「運」にするのか。
商店街のくじ引きじゃないんだ。
これは、子供の教育の話だ。
★★★
特に専門と言われる人。これが1番厄介で、
トリッキーなのだ。
こういう大人達には、バカ素直でいるのが
1番。消費エネルギーをエコモードにON。
お勧めは、立ち向かう事をしない接し方だ。
だから
だからいつも、私は。
〜日本の公立機関での立ち振る舞い。親編。〜
「家で猛練習している風」を演じる。
「先生を立てる」を実践。
「家庭でも共に頑張る姿勢」を熱演。
「大げさなまでのありがとうございます。」
余裕があれば、必殺、
「もーう〜〜うちの子が元気に生きているの、先生のおかげかもしれない〜。」
を、表情で真意がばれぬよう、マスクをつけて言えれば完璧だ。
卒園式の帰り道に、おもいっきし、
担任のチャリ倒しとこ。
と思えばこの位、何とでもないじゃないか。
★★★
なぜそこまでして、貴重なパワーを貯めておく必要があるか。
それは、より良い学び場を探す為だ。
本来は、公教育の場であればいいのだが、
現状は時間がかかりそうだから。
私のように感じる大人も爆発的に増加しているはずだ。
どこに情報がある??
どんなやり方がある??
例えば、夏休みに海外の短期でもいいのでは??
もうすぐ移住する鎌倉に、
素敵な学び場はないだろうか。
あるはずだ。
私立??
安易???
こういう情報は、本当に面白いほどネットに載っていない。
みんなと一斉に合わせる太鼓を重視するのではなく、たった1人でも違う意見を言えるような人間を育てる教育をしている場はないだろうか。
うん。努力するならこっちだな。
今は。
トリッキーにはトリッキーで挑む。
だってそれも面白いから。
でも、いつも途中で笑いそうになるから、まだまだ私は下手くそなんだ。
もっと上手く演技できるようにしようかな。
北朝鮮じゃないんだから、寸分の狂いのない太鼓なんかやっている場合じゃない。
楽しむ。太鼓を知る。やるやつはやる。
以上、終わり。
それ以上、人に強要するのは、その人のエゴだと思う。
「努力をする事」も「努力の内容」も
本人が決める事。
導くとするならば、大人の生き方。
あとは、その道のプロ。
本物のプロ。娘が選んだプロがいい。
そのプロに私はお願いしたい。
私では、具体的な導きまでは無理だし、正直やりたくないし、向いてもいない。お呼びじゃない〜♫
それよりか、私は自分の人生を楽しくするべきだ。その表情と生き方を磨くべきだ。
(キャリア同様、いつもアバウトで、壮大なだけ。)
何を頑張るか、これ。
親を含めた他人がその人の中の大切な充電池をいじってはいけない。
ほんとに飛ぶべき時に飛べなくさせてしまう。
私自信が楽しい姿を見せる。
親が人生に対して辛そうなのは、
子供にとっては虐待位のダメージがあるらしい。
私がいるから大変そうだ。
だったら本当の自分は葬って、
親が喜ぶような子になろうと思う子供たちは多い。
これって、もう殺人だよなぁって。
まだまだ、この星は色々だ。
ちなみに、明日から二日間のおやすみ。
夫が会社旅行でいないから、
娘と2人っきりどう過ごそうか、、
(白目)