もうすぐ鎌倉移住するよ

夫と6歳の娘の3人暮らし。日々を書き綴っています。

社長に話したよ。

 

最近、やけに流れ星を見てしまう。

昨夜の満月の夜にも見たし、

その前のつい最近も見たな。

 

見過ぎてしまってるから、

最近は、げ。まただ。とか思ってる。

 

 

都会だし、空が澄み渡ってるわけでもないのに。

 

 

★★★

 

 

勇気を持って社長に、

 

 

「ちょっとお話が、ご相談があるのでお時間いいですか?」

 

 

と朝一で伝える。

 

 

話せたのは15時。待ち時間が長かった。

 

 

 

在宅勤務の事は、

 

 

 

 

「うーん。前例ないし、難しいかな〜」

 

 

 

から、

 

 

 

「うーん、やっぱ、在宅勤務は無理だな。」

 

 

 

との返答。

 

 

 

物腰柔らかな話し方の中にも、

はっきりとした「NO」があるのは、

やっぱり経営者だなと思う。

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

ただ、意外な事に、

 

 

鎌倉からでも通える感じに話が進んだ。

 

 

例えば、今後は、

 

 

来れそうな日をイレギュラーでいいから

毎週とかその都度言ってくれれば、大丈夫だよ。

 

 

私「週何日からオッケーですか?」

社長「だから何日でもいいよ。」

 

 

との事。

 

 

会社としては働いてもらいたいと。

 

 

 

それは嬉しかった。

なんだか鍾乳洞みたいだな。

共に時間で培ってきた信頼関係もあるのかな。

 

 

 

だって私は会社で特に何もしてないと思うから。

 

 

あぁ、これ、特に何かしてたら

お金がガツンとついてくるのかもね。

 

 

 

 

今後、実際はどうだろう。

 

 

 

時間給だから、少ない日数では稼げない。

通勤時間が長く、学童の時間も考えると

あまり会社に長く居られない。

いずれにしても、もはや、たくさんの日数を通う気はない。

 

 

 

だけど、

 

 

 

4月からも、働く場所をそのまま継続できるのはなんだかとても心強くて。

 

 

何もかもが真新しすぎるストレスには、

正直、ちょっと気持ちが追いつきそうになかったんだ。

 

 

例えば、週1で働きながら、他の仕事も探せるわけだ。

 

 

もしくは、娘が慣れたら、今の会社に沢山通ったりもできるわけだ。

→これはなんか違うんだけど、、

 

 

0からのスタートより、

イレギュラーも聞き入れてくれる職場があるのは心強いなっていうのが正直な感想。

 

 

 

 

お守り!?

 

 

なんか、今の会社って

私の「お父さん」になったな。

 

 

 

守り神なのかな。

 

 

お互いに!?

 

 

 

 

 

動いてみると、いつも想定外の結果だからおもしろい。

 

 

 

これで、またゆっくり自分の仕事を考えられるかもだし、はたまた、中途半端だから次の道が閉ざされてしまったかもだし、

通勤時間と時間給の安賃金で自分消耗に終わるのかもしれない。

 

 

あぁ、でも。そうだ。今の会社も1つとして、色んな仕事を掛け持つのがいいかもなぁ。

 

 

 

こんなことがあって、

嬉しさ反面、実際どうかなの気持ちが強い。

 

 

 

いずれにしても、

具体的に動いて、たまに精神論で締める。

 

地球に生まれたんだから、具体的に生きたい気分だ。

 

 

スピリチュアルババアになりたくない。

 

 

具体的に具体的に動いてる自分に拍手を。

 

 

今日見つけた、心にバシバシきた言葉。

 

 

 

本郷綜海さんより

 


「純度100%の私を生きる」 



自分自身の中に

 

純度100%の自分を
生きていないところが
あることを

 

知っている。
 

 

ずる賢く損得勘定で動き、
人よりいい思いをしたい

 


と思う自分がいることを、 
知っているからだ。

 


宇宙を信頼せず、
未来を心配し、

 

なんとか自分の力で
生き残らなければならない

 

と信じている自分が
いるからだ。
 
 


人の幸運を祝福しきれずに、
嫉妬していることを
認めるのが嫌で、

 

他人をジャッジしては
偽りの安全を確保しようとする
自分がいるのを

 

知っているからだ。 

 

密かに自分が不十分だと
感じていることを隠し、

 

その裏返しの優越感を
感じたいがために、

 

他人を劣ったものと
したがる自分を

 

知っているからだ。 

 

その不純さの正体は
何かといえば

 

私の中にいる
小さな怯えた子供だ。
 
 
その子はいつだって
ここには十分あることを
忘れ、 
 


いつだって
愛されていることを
忘れる。


 
だから人より、
だからもっと、
 


とジタバタしては
本当のことを生きない。 
 
 
 
そんな自分を
ひどく愛しく感じることも
あるとともに、

 

私の胸に神聖な憧憬もまた
宿る。
 


それは愛の流れの中に
神の流れの中にあることに、

 

気づき続けては、
自分もまたその一部であり、
全部であることを

 

知ったところから
生きることだ。
 
 

私にとっての
純度100とはそういうこと。
 
 

それは何より、
自分を裏切らないことから
始まる。
 

 
どんな自分も
裏切らないことから
始まる。
 

 
親や、他人や広告や
社会常識よりも
自分の体感から来る

 

「イエス!」

 

を信じては
選択することだ。
 
 

そしてそれが
上達する一番の方法は、

 

間違える自分のいることを
許すこと。
 

 

同時に

 

「間違い」
 


なんていうものは
ないということを知ること。
 

 
私たちはいつだって
完璧な流れ、宇宙の采配の中にある。

 

はじめ注意深い必要があった
選択は、

 

いつか努力なき
流れとなり、

 

あなたはその中で
踊り始める。
 


「私」が小さくなり、
ひとつが残る。
 

 
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